HOME > 梅乃宿とは > 新蔵物語 > 新蔵ものがたり 第20回

新蔵物語

創業以来、開拓者精神をもって酒造りに勤しんできた梅乃宿。 清酒を巡る環境が大きく変化する中、ブランドコンセプトである 「新しい酒文化を創造する蔵」を体現すべく奮闘してきた「蔵」を巡るものがたり。

新蔵ものがたり 第20回

満を持して。新蔵、オープン

2023年(令和5年)、梅乃宿は創業130年を迎えます。その長い歴史と伝統の中でも、蔵の新設は、100年に一度、あるかないかの大事業。吉田家の庭の梅の古木である私にとっても、新蔵移転という稀有な機会の生き証人となれたことは喜ばしい限りです。

新蔵構想が持ち上がったのは、第15回でお話したように2013年(平成25年)の120周年記念式典よりも前のことでした。旧蔵自体は老朽化していましたし、事業拡張に伴い旧蔵および事務所は手狭になっていました。やむなく周囲に拠点を分散させたことによる動線の悪さ、それに伴い社員同士が一堂に顔を合わせる機会が減ったことによるコミュニケーションの低下、蔵を訪れてくださるお客さまをもてなすスペース不足・・・。新蔵建設は、これらを一気に解消するための一手でした。

新蔵建設に動き出した梅乃宿は、とある土地を購入し、隣接する土地も確保してより広い敷地にしようと動きました。しかしなかなか折り合いがつきません。そうこうしている間に物流センターが完成(2010年)し、新蔵建設はいったん、棚上げになってしまいました。

物流センターの稼働で作業効率は上がったものの、梅乃宿の旧蔵と事務所が抱えていた狭さや動線の悪さという課題は残ったままでした。そうして月日が流れていった2018年(平成30年)のある日。「葛城市寺口の山あいの土地はいかがですか」という話が梅乃宿に持ちかけられました。

その寺口の土地は、梅乃宿が新蔵構想の当初に「ここは良いね」と候補にあがっていた場所でした。ただ、当時うまく話がまとまらず、残念ながらあきらめていた場所だったのです。「あの場所に新蔵を建てられるなら」・・・。それはまさに願ったり叶ったりの申し出でした。

ただし新蔵を構想した当初と比べ、建設資材の高騰など状況は変化していました。蔵建設に踏み切るかどうか、ためらう気持ちが佳代の中にみじんもなかったわけではありませんでしたが、「この話が梅乃宿に来たのも何かの縁。この機会を逃すと次はいつになるか分からない」と、大いなる決断を下したのです。

梅乃宿には、新蔵を構想して入手したものの棚上げになっていた土地がありました。その土地と、葛城市寺口の土地を交換する形で交渉はスムーズに成立。遠回りをしたように見えて、不思議な縁に導かれるように、新蔵は最善の場所に落ち着いたのです。

蔵建設は設計者や建設会社にとってもめったにない機会です。梅乃宿では新蔵構想が持ち上がった10年以上前から、設計会社などに一緒に他の蔵に足を運んでもらい、酒蔵のことや酒造りの具体的な作業まで知ってもらうようにしていました。こうして共に学んだプロ集団とタッグを組んで、新蔵の構想は練り上げられていきました。

設計にあたってはスタッフへのヒアリングを重ね、現場の意見を吸い上げていきました。ただ、希望を全部設計に落とし込むと、費用はどんどん膨れ上がっていきます。侃々諤々(かんかんがくがく)の議論も一度や二度では収まらず、「ここは譲れない」という現場に対し「じゃあ、代わりにこの部分は削って」といった具合に、1つ1つ細かな精査が重ねられていきました。

エピローグ

こうして多くの汗と熱意、期待を集めて、2022年(令和4年)7月1日、新蔵はオープンの運びとなったのです。

蔵と事務所が一箇所に集約され、温度管理を含む最新の設備によって酒質は一層良くなっていくでしょう。足を運んでくださったお客さまに楽しんでいただけるスペースも十分に用意できています。課題となっていたハード面は、しっかりと整いました。オープンしてこれから問われていくのは、この新蔵にどんな魂を吹き込めるかなのでしょう。

「『新しい』蔵と言えるのは今だけ。瞬く間に流れる時の中で『普通の』蔵になっていっても、やっぱり梅乃宿だと思われるものを発信していかないと」「ものづくりの精神を失わず、最新設備を駆使しながら、手間暇をかけた造りをきちんとやっていくことが大事」「お客さまの期待が上がっているのを実感する」・・・。聞こえてくるスタッフの声を耳に、佳代は自信をのぞかせます。梅乃宿の最大の魅力は、アルバイトさんを含めた全スタッフ。「梅乃宿のお酒、おいしいね」だけで終わるのではなく、働いているメンバーと実際に触れあう機会ができれば、今よりもっと強い結びつきをもった梅乃宿ファンが生まれていくはずだと。

梅の木である私自身は、老齢のため残念ながら新蔵に移り住むことはできません。ただ、私をモチーフにした梅の木のモニュメントとパネルを作ってもらえたようで、新蔵のエントランスでお客さまをお迎えしているそうです。新蔵に行かれる機会があれば、ぜひ見てやってください。

さてそろそろ、新蔵へと至る梅乃宿のものがたりを終える時が来たようです。私自身はこれからも、旧蔵のそばから梅乃宿のさらなる成長を見つめ続けていくつもりです。新蔵を舞台に始まる新しいものがたりを、またいつかお話できるように。(完)

バックナンバー